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スピード狂の高原


今回の行程 於11月7日(水)

自宅〜山科〜大津〜南郷〜大石〜宮尻〜朝宮〜信楽〜水口〜東海道〜三雲〜栗東〜草津〜瀬田〜大津〜山科〜自宅

白状しましょう。私は最後の30分ぐらい、自転車の上にいることを苦痛に感じてしまいました。
………ああ情けない。


早いものでもう秋が来てしまいました。四条畷に行ってから早1年。自転車まで代替わりしてしまいました。変速が6つと前の2倍の自転車になったんです。
でも未だ行っていないところは残っています。花脊峠以北と信楽高原です。花脊行かせてって言ったら親が卒倒するので、ここは無難な信楽を選びます。無難といっても山岳地帯ですが………。

 
再び6時30分頃に出撃し、あっという間に九条山を越え、逢阪関まで来ます。かつては詩にも詠われた難所だったのですが、今となってはその面影は全くなく、すっかり無害な峠になってしまっています。長年の掘削工事のおかげ様々です。ここを越えればあっという間に近江国志賀郡。……今の言い方で言うところの大津市です。

 

下り坂はやっぱり気分爽快。
ひたすら漕いで琵琶湖岸まで来たのですが………、

何じゃありゃ! 

写真中央に写っているのはどう見ても

 

 

←答えは琵琶湖文化博物館。 

この写真はその基底部から琵琶湖の向こう岸を望んだときのものです。

向こうにうっすら見えるのは伊吹山でしょうか? 
その辺のことは管理人には判りかねます。

 

お次は膳所城。琵琶湖岸沿いをずっと西に進んで端を越えたあたりに位置しています。 城門だけは立派なんですが………、中身は何ともはや「城」というのもおこがましいぐらいで、ことに湖岸側にいたっては城壁の「じょ」の字もありません。(膳所の皆さんすいません。) ……ただ、トイレの屋根だけはお城風ですが。

そのまま道を南にとると琵琶湖の水は瀬田川に流れ込み、かつて東海道を瀬田川の向こう岸に導いていた瀬田の唐橋に至ります。
この写真は石山商店街から撮影したものです。そこからしても、今ここを通っているこの道が東海道なんかじゃないのは一目瞭然。詳しくは判りませんが、唐橋の下の中之島が旅館とかに占拠されたとき、東海道は引っ越しさせられたのじゃないでしょうか?

大津の話はさておき、瀬田川沿いに石山寺、南郷、立木観音と進んでゆきますと、川はどんどん細くなり、南嶺の山々の間に流れ込んでゆきます。
瀬田川が直角に曲がって西の方に向きを変えてすぐの所に鹿跳橋という橋があります。そこをわたると栗本(栗太)郡大石。日本の原風景を残す山間の集落です。少し進むと、すぐに国道422号線の看板が見えてきます。
「甲賀:38km 伊賀:38km」
甲賀までの道程と伊賀までの道程がさして変わらないあたりにビックリ! いっそ伊賀まで行ってしまおうかなとも思ったのですが、そうすると確実に帰ってこれなくなるので止めておきます。

そしてここからは不気味な山道の始まりです。

 
暫く行くと看板が出現。「落石注意」 ふと横を見てまたまた「!!」。何か山肌がすさまじいことになっちゃってます。
それから暫く行くと再度「!!」。 なんだと、ライフル射撃場だと!! いやはや、こんなものが実際に日本にあるとは………。しかもその現物を見るとは………。

流れ弾でも飛んできたらいい迷惑なので、ここはさっさと出発して、朝宮を目指します。
が、何もない………。 そんな寂しい山道の中に唯一いたのがこいつ。
最近出来たトンネルなのですが………、長い。長い。長い!!

ったく、人が閉所恐怖症だっつうのに、なんだこのヤロー。

しかしここには、こういってみたとしてもドン引きしてくれるような人すらいません。

 

ようやく、大石を抜け、甲賀郡宮尻に入りましたが、………やはり何もありません。

失礼なことですがお聞きしてもよろしいでしょうか、「ようこそ陶都信楽へ」 なんて言って、読む人いるんですか?
この道って言えば10分につき3台程度の車が通るのを左上のお地蔵産が寂しく見守るだけの道なんですよ。

それでも悲しいまでの日本晴れの中、管理人は天地共に何もない宮尻を通っていきます。
 
左:今まで通ってきた道 右:今から行く道
ここまで来るとどっちがどっちかわかんなくなります………。

 
進めど進めど進んだ気がしないという惨めな状態から私を救ってくれたのがこの看板。まさに救世主です。
左の道は朝宮・信楽方面に通じ、右の道はかつて行った奥山田・枚方方面に向かっています。

 

やっと人里にたどり着いた管理人を最初に出迎えたのがこの神社。八坂神社といっても京都の某有名寺院とは違います。ごくごく質素な神社です。

しかし、人里にたどり着くって良いもんですね〜。といっても未だ歩行者には出会っちゃいないんですが。やっぱり、京都のように見渡す限り人、人、人というのは珍しいんでしょうか?

 

来ました! 朝宮です。遂にまともな人里にたどり着きました。ご覧下さい! 集落です。大原ぐらいはあろうかという広さと田圃、そして民家を抱えた土地です。因みに国道(通称、グリーンロード)は朝宮の南端部を通っているため、民家を直に見ることは稀です。大概の建物は茶関連あるいはその販売所です。宇治〜朝宮にかけては茶の栽培が非常に盛んです。

抹茶アイスだったか何だったかは忘れましたが、そういったものもこの国道沿いの店で売られているので是非1度お試しになってはいかがでしょうか? 

しかし、この集落も宇多村牧場あたりから山道になり、峠を迎えます。しかし、それを越えたとき、管理人の目前にあったのは信楽の谷間だったのです。

信楽と言えば、やはりこれ! 狸の置物です。いやはや、何とも大きいものです。こんなのが国道沿いに何個も並んでいるんです。かなり笑えます。

ところで、この道筋にお土産屋があります。うずくまる本舗という名ですが(由来不明)、シナモンの利いた「楽巻せんべい」や「銘菓うずくまる」、「狸のぽんぽこりん」あたりがオススメです。しかし、何で「うずくまる」なんでしょうか? 判りません………。
因みにこの店、その顧客の分布は甲賀郡に留まらず、京都、大阪、奈良、果ては神戸にまで顧客を持っているそうです。(店員談) 何となく西の方の人に人気みたいですね。まぁ、実際問題として美味しいので買って損はないと思います。世の中経験ですよ………。


信楽の市街地の様子です↑。 絶対に皆さんもこの内の1個か2個の写真は見たことがあると思います。
蛇足ながら、左端の写真は友人がミッキー・マウス関連の単語にものすごく反応するため掲載いたしました。

後でもまた紹介いたしますが、この信楽には聖武天皇が紫香楽の宮をおいたことでも知られています。ちなみに、奈良とは、恭仁京の宮址【加茂町】〜【和束】〜【湯船】〜信楽川〜【朝宮】〜【長野】〜【勅旨】〜【牧】〜日雲神社【雲井】〜紫香楽宮【宮町】と言う行程でリンクしております。


道は東へ東へ進みます。因みに中央の写真に写っているのは恐らく陶芸の森です。

 

 

←一体全体これは何でしょう?

しかし、これが見えたなら、近くに紫香楽宮址がある証拠です。

 

 

 


紫香楽宮址関連写真3枚です。右から宮台址、紫香楽宮址、説明板です。一応公園になっています。夏場なんかに山登りもかねて行ってみてはいかがでしょうか?


しかし、時間が時間なので信楽はこのぐらいにして、水口方面に向かいます。標識上は一応ここから水口なのですが、実質上まだまだここは信楽だと言って良いでしょう。
右側の写真の峠が見えたらここからはスピード狂の天国です。変速を5にして、さぁ突撃です!

管理人うひょ〜〜!

すごい! 放っといてもどんどん早くなる。いやぁ、今なら暴走族の気持ちもわかるような気がします。スピードというものは麻薬性のものに違いありません。しかし、唯一困ったことがありました。それは、虫が服にぶつかってそのままペシャッと潰れてしまうことです。


これには閉口しましたが、風を切って駆け下りていくのはやはり最高です。気付いたら横を信楽高原鉄道が並進しています。やっぱり信楽の東の出口はここしかないのでしょうか? そして逆側を見ると、木立の隙間から甲賀の大平原が見えます。こうして見るとなんだかプラモデルみたいですね。


写真の写りの関係上見えにくいですが、この橋の両サイドに蛙の置物があり、水口へと去っていく旅人を見送っています。さらば信楽! そして水口到着です。見渡す限りの田園地帯です。

さっきの下り坂で管理人のテンションは大爆発! 一気に杣(そま)川、野洲川を渡って水口市街になだれ込みます。ふと思ったんですが杣川の「そま」ってインドの霊酒ソーマの音訳なんでしょうか? 多分違うとは思いますが………。

しか〜し、管理人は水口市街で水口城を追い求めるあまり迷子になってしまいます。けっ、案内の悪い看板め!

 

←迷子になっている間に見つけたもの。

しかし、水口市民に道を聞いた甲斐もあり、無事に長束正家の手になる水口城を発見しました。因みに右下の尖ったものはロケット弾式火矢だそうです。断じてロケットではありません。本来これの見学には100円必要なのですが、城主のおばちゃんにうまいこと負けてもらいました。有り難うございます。

そろそろ撤退の時間です。今のうちに帰らんと逢阪関に着く前に日が暮れてしまいます。それは不味いので、ターボ全開で行きます。それにしても東海道って車は多いは歩道はないわでとても不便な道ですね。しかも、標識が言うには京都まで後約40km。正直なところ唖然としました。


東海道は野洲川にそって走っていますが左の写真に写っている円筒状のコンクリートの塊はいったいなんでしょう。非常に気になります。
とにかく走りに走るのですが、道の風景は変わった気がしません。更に進むと三雲到着です。真ん中の写真をご覧あれ「県立三雲(養護?)学校」と書いてあるようです。それにしても野洲川は広いもんですね。

 
しかし、京都までの道はまだまだ遠い………。あれだけ漕いでやっと栗東です。それも、あのトラック地獄の中をですよ………。(怒  とは言うものの、ぼやいても始まらないので、おとなしく自転車を走らせます。………いったい何時になったら京都に帰れるんでしょうか? しかも、ここまで来てもなお歩道がない……。
そんな中、道端にひっそりとたたずむ古代住居跡を発見。上鈎遺跡と言います。この「寺内」集落は、室町時代に足利義尚が陣所を置いた地とされ、江戸時代には「鈎の陣絵図」が作成されました。2005年度には、この集落内行われた発掘調査により、整地された土層や濠跡が発見され、16世紀末〜18世紀の陶磁器が多く出土したといいます。

 
草津到着!! 草津川突破!!  京都には確実に近づいています。さぁ進め!!

 

 

またまた遺跡です。
今度は野路小野山製鉄所址というそうです。
説明板を見る限り、どうやら紫香楽宮御用達の製鉄所だったみたいです。

 

 

しかし異変は草津川突破直後に起こりました。
管理人「あれ、あの看板緑色のような気がするな………。気のせいかな………?」
結論から先に言いましょう………。気のせいではありませんでした。バイパスに突っ込んでいたのです。すぐに近くにあった坂道から逃げ降りました。いやはや、危ないものです。

 

 

やっと来ました。瀬田川です。ここを渡れば、京都はすぐそこ! 

そしてこの後、逢阪関を越え、山科を横切り、九条山にさしかかりました。しかしこの辺りから、管理人は生まれて初めて自転車のサドルの上にいることを苦痛に感じ始めたのでした。

 

 

ーTHE END−