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分水嶺を越えて


今回の行程 於4月2日(土)

自宅〜貴船〜芹生峠〜灰屋川〜京北黒田〜大布施〜広河原〜佐々里峠〜美山芦生〜美山田歌〜美山安掛〜深見トンネル〜京北マンガン資料館〜京北周山〜栗尾峠〜笠トンネル〜中川〜高雄〜福王子〜自宅


早いものですね、木津川に行ってもう2年になろうとしています。花脊に行く時は、親に「このにはもう行かないから」と哀願してようやく許可がおり、新年に入ってから「暦の上ではもうだよ」って言って遠征に乗り出そうとしたらひどく怒られたものです。

それはさておき、今度の目的地は分水嶺の彼方美山! これで神経が異様に高ぶっていたのか、前日は夜9時に布団に入ったんですが、午前1:30に目が覚めて、2:30頃まで眠れなかったんですね。それでも目覚まし時計のおかげで午前6:00起床、6:30には家から出陣しました。花脊行った時との30分の違いが後で大いに行程に支障を来すとは露知らず………。


さて、今回は鞍馬街道を使いましたが、実は深泥ヶ池沿いに岩倉に出る、博愛会病院の傍の道はかつての鞍馬街道ではありません。本当は京都福音教会脇を通って岩倉へ向かう、切り通し状の道がそれなんです。但し看板の情報を信用する限り傾斜は何と25゜! はぁ? としか思えません。まだ上賀茂ですよ! まぁ、皆さんも機会があったら挑戦してみてください。長さはそれほどじゃないんでちょうど手頃な坂ですよ。
さて、この峠もぬけ、岩倉、市原と進んでいきますと貴船口に来まして、今度は前回とは違い、左側の貴船方面に来ます。ここら辺はもう観光地化されていて、山道って感じもあんまりしないんですが、貴船神社の奥社や「ひろ文」の標識が見え始める辺りから、急に傾斜がつき始め、山道って感じになってきます。


遙か北に花脊の山々を望みながら走っていくと、初めのうちは真っ直ぐで走りやすい道なのですが、傾斜はどんどん急になっていきます。暫くしてくると、あの懐かしのヘアピンカーブも出現します。京都北方のヘアピンカーブは結構うっとしいです。こんなヘアピンカーブには南山城地方などでは滅多にお目にかかることはありません。


しかし、もっと進んでいくとこの道の問題点はそれだけではないことに気付きます。左の写真をご覧下さい。何か気付くことはありませんか? ・・・そう、この道は国道ではないこともあって、ガードレールをけっちっています。杉の木がガードレール代わりになるとでも想っているのでしょうか? ともあれ、一つ間違えば谷底に真っ逆様なので慎重に進んでいきます。何個かのカーブを経てようやく再びガードレールが出現しましたが、真ん中の写真で見えますかね? 霧のせいで多分見えないと想いますが、遙か下の方に今まで通ってきた道がありました。この標高差恐るべし。それでも道はまだまだ急傾斜で続いていきます。舗装状態もとても悪いのでかなり走りにくいですよ。


それにしてもこの峠、花脊峠と違って全く何も通りません。花脊峠だったら、10分に1台ぐらい車は来たんですが、旅の友となってくれるのは小川のせせらぎぐらいなものです。そして道は再び傾斜を強めていきます。真ん中の写真を見て、何かいやな予感がしませんか? もう御察しだとは想いますが、右の写真でその予感は的中します。花脊レベルのヘアピンカーブ再来です。


続いて、ガードレールもない危なっかしいヘアピンカーブが出現です。車にとってはさぞかし走りにくい道でしょうねぇ・・・。しかし終わらない峠もありません。峠の頂上が徐々に近づいていることも近くの木立に日光が強く当たっていることからも明らかです。


峠の頂上に近づくと、標高の上昇に伴い、気温も下がっていきます。するとこんなところに冬が置き忘れていったものが残っています。・・・です。これを本年度最後の雪だと思った管理人の認識が甘かったことは後々明らかになってきます。


遂に斜面にも日光が照りつけてきました。頂上近し! ヘアピンカーブも何のそので強行突破です。雪はこんなところにもまだまだ残っています。4月なのにねぇ・・・。


あれはもしや………、いや、間違いありません!

来ました、頂上!!

芹生峠制覇!!

標高は660m。南に遙か比叡山を望みます。しかし、切り通し状の道なので見晴らしはあんまり好くありません。でも、標高、達成感共に花脊峠に並ぶものがあります。因みに親から借りた携帯は無論圏外。この後周山まで何の役にも立ちませんでした。しかし想えば、芹生峠は久多の能見坂に似ていたような気もします。あくまで主観的にはですが。


日が高くなってきても相変わらず雪は残っています。しかし降りの峠というものは爆走したらすぐに終わるもので、すぐに灰屋川流域の芹生の集落に到着します。集落と言っても、家は5軒ほどしかありませんが。


灰屋川に下っていくと、佛返りの地蔵尊というものがありまして、難病に苦しむ人を治癒するものとして崇められてきていたそうです。この辺りを猛スピードで下ればまず気付くことはありませんが、今でもこの秘境に佇む地蔵は崇拝を受けているようで、缶ジュースが何個か捧げられていました。管理人も一応10円を賽銭箱に入れておきました。


ガードレール下を流れる灰屋川沿いに下っていくとまもなく、落石注意の標識が現れますが、上から落ちてくる石はまずありません。しかし油断して走っていると、

ガツンッ!

自転車の前輪が何かに当たった模様です。道を注意深く見てみますと、鋭い石が何個か落ちています。落石とは、落ちてくる石ではなく、落ちている石の事なのでした。峠を越えることがあるかも知れない皆さんは知っておくと得するかも知れません。
因みに真ん中の写真に写っている影は管理人のものです。


芹生の集落を過ぎると、次は灰屋の集落に来る訳ですが、その前にまたまたノンガードレールゾーン! みんな百井とかの道を酷道とか言ってますけど、これを考えたら、まだましなもんじゃないでしょうか? とは言いつつ、管理人は百井に行ったことがありませんが。
灰屋の集落は規模的には比叡平を除く山中町ぐらいあるでしょう。山間部の渓谷としてはそれなりに大きい訳ですが、なかなか奇抜な物もあります。中央の写真をご覧下さい。畑の周辺にはネットが張り巡らされております。猿とか猪を防ぐためですかね。猿は鞍馬を普通に歩いてましたし、京北には猪ラーメンなんて物もありますから、その可能性は否定できません。
右手の写真をご覧下さい。なんか狭いところにバスケのリングがあります。何かと思ってみてみたら、公園風の谷だそうです。ナウシカはいません。あんまし使われている形跡はないみたいです。


灰屋の集落から徐々に道がでかくなっていきます。そして爆走すること10分、上桂川に到着! 灰屋川が上桂川に流れ込む辺りに標識がありまして、西に行けば周山、東に行けば花脊に行くことが出来るそうです。本来は東への道をとり、佐々里峠に向かうべきなのですが、季節は春! 春は最強の季節――とか言うのはパチンコのCMですが、黒田に百年桜なるものがあるそうなので見に行くとしましょう。
この川を下流に下っていくと、水力発電所(右写真)があります。日本も原子力発電に30%強も依存してたらダメな気がするんですがね………。おまえ、インターネット使う時に電気使ってないっつーんかって言う突っ込みはなしですよ。

黒田に向け、桂川沿いに道はどんどん進みます。京北町のこの辺は国道なのに車があんまり通らないんでサイクリングコースとしては結構良いと想いますよ。まぁ、ここに行くまでが大変なんだけどね。
中央の写真で咲き誇っているのは梅でしょうか? 花にはあんまり詳しくないので判りませんが、なかなか綺麗でしたよ。

 

分岐点から出発して、15分後ぐらいに黒田到着! でも………

桜が咲いていません!

多分標高差の関係で出町柳と桜の咲き始める時期が違ったんですよ。
しかも黒田の自治体のやってるおーらい黒田屋って店もしまってるし! どんだけついてないんだよ・・・、てかどんだけ無計画なんだよ、おれは・・・。


仕方ないのでさっさととって返して、大布施へ。現在気温は9℃。久多に行った時よりだいぶマシです。しかし、気のせいだろうか? 黒田〜大布施間が異様に長く思える。


やっと大布施に来ました。この辺りでは頑張って植林活動をした後が見受けられます。(中央写真)
今度はあのお馴染みの大布施三叉路です。標識には「美山町まで47km」みたいなことが書いてあります。ホントに帰ってこれるのかな?

この後、広河原までは前回とほぼ同じです。まぁ、前回と違うことをピックアップしながら広河原まで行きましょう。
自転車でこの道を進んでると、やっぱり珍しいんでしょう。横を歩いていたおばさんが「わぁ、びっくりした」なんて言うんですね。んで、この道を通っててふと思ったんですが、公衆電話の電話ボックスが多いです。携帯が圏外になりがちなせいもあるみたいですが。しかしまぁ、何と言っても静かな場所ですね。

遂に能見別れまで来てしまいました。前ここに来た時は、美山町なんか行ったら一日じゃ帰ってこれない、なんて想ってましたが、さぁ、伸るか反るかの戦いの開始です。広河原には行って早速雪!なんか良い具合に融けているおかげで橋みたいになっています。記念に撮影っと。

 


いよいよ広河原の中心部へ。ここはかつて丹波国北桑田郡の一部だったのですが、上桂川の源流という地理的条件が花脊に似ていたためか、京都市に編入された所です。茅葺き屋根やスキー場が有名ですね。京都市の中では恐らく降雪量はトップレベルです。童心に返って雪合戦を楽しみたいと言う方は、手間はかかりますが、冬場にここまで来ていただければ恐らく飽きるほど雪が積もってると想います。ただ、それ以前に異常気象時通行規制がかかっていなければの話ですがね。
余談と言えば余談ですが、右の写真の中央に写っている船と投石機の相の子のようなものは何でしょう? 知っている方がおられたら教えてください。ものすごく気になるんで。


「なにっ? 京都市一の降雪量だと? はぁ?」と言う方は左の写真をご覧下さい。4月2日の時点で、こんな雪の塊が処方に積もっている場所はそうありませんよ。
そして、中央の写真に写っているこの奇妙な建物は一体・・・? これも教えてくださる人がいたら何とかして教えてください。これが何なのか未だに見当もつきません。
ついでに、広河原尾花近辺で道が二手に分かれていますが、橋を渡れば行き止まりです。ご注意を。


しかし、広河原って想ったよりも広いですね。もうずいぶん漕いでるのに、いっこうに佐々里峠の気配がない。次第に川幅を狭めていく上桂川は、佐々里峠に向かう倦み疲れた道の脇を何の関心もなく流れていく・・・。この流れが後に大堰川へ繋がるなんて信じられます? 
時は既に正午の半時間前。農業用と思えるトラクターを擁した茅葺き型の家も全く人気がなく、人っ子一人見かけません。春休みなのに帰省者もいない………。
管理人「おいおい春休みだぞ、どうなってんだ?」
周囲「………」
さて、この後少し行くと広河原スキー場に達します。広河原で一番外来客の多いのは恐らくここですね。まぁ、もうシーズンも終わり、雪も融けてはいましたが。


やっと峠だ! 待ちかねてたぜ! 傾斜10°で、凍結スリップ注意? 冬に行く場所ではないな。まぁ今は春だが。 ………っておい、早速ヘアピンカーブ(右写真参考)!? 


登るにつれて、太平洋流域世界がどんどん小さくなっていきます。高所恐怖症の俺には地獄。そしてまさかあのコンクリの壁の上に見える白い物はガードレール!? 超弩級ヘアピンカーブって事はないよな………?(汗  しかし現実は非情な物でした。右の写真はこのガードレール上から撮影した広河原。山に見える白い筋は多分凍結した滝でしょう。 ひぃっ、下があんなに小さい………。(しつこいって)


しかしこの峠、眺望はさておきカーブが多い! 木々の下に除いてるのは普通にさっき通ってきた道のガードレール。そしてカーブの標識がまた登場。どんだけカーブあんだよ………。雪の積もったカーブを曲がって、さぁ次は!?


カーブ地獄の途中で雪解けの瞬間を撮影下のが左の写真。この雪が淀川の最初の一滴になるんですね………。
真ん中と右の写真の情景に関しては少し前同じような物を見た気が………。唯一違う点は雪が増えてることだけ。


そんな中、道が下っていく光景が! ま、ま、まさか佐々里峠制覇………!? しかし現実は非情だ。これはダミーの峠でした。こんなもんが存在して良いのか!? 俺は断じて認めないぞ!(怒 しかもこの後から雪解け水のせいで道の状態が最悪。全速力で言ったら間違いなくこうなる。以下効果音だけでお楽しみ下さい。

つるっ! ひゅうぅぅうーうーひゅーんひゅーゅーひゅー………ガシャン!!

てな訳で軽く死亡フラグ立てたくない方は、春に行くのは止めましょう。夏、秋しかオススメは出来ません。足許で小川が出来ちゃってるんでね。以上雪、カーブ、水の3重奏でした。


因みにこれがダミーの峠です。この辺りから積雪がものすごいことに………。


でもこの大雪原を抜けると、今度こそ、

来ました、頂上!!

佐々里峠制覇!!

標高は720m。広河原方面からのカーブには本当に悩まされました。さすがは分水嶺ですね。そしてこの道は旧美山町――今は合併して南丹市――に続きます。因みに、中央と右の写真に写っている自転車は管理人の2代目の相棒です。しかし、この峠を境に、来たに降った雨は日本海へ、南に降った雨は太平洋へ流れていくって考えても、理屈では判るんですが、なかなかすぐには信じることが出来ないものですね。


今や美山町への道も開かれました。この道を下っていけば美山町です。日本海側へ出ます。管理人には初体験となる未知の世界。一体どんなことが待っているのでしょう?

ついでながら、佐々里峠の頂上付近にある石室について説明を少しながら、峠と旅というHPから引用しましょう。以下はその引用です。
深田久弥編『峠』(青木書店、昭和14年)という戦前に出版された本のなかに掲載されている「峠の小舎」と題された小文の要約で、著者は森本次男(もりもと・つぎお)氏(故人)です。森本氏は、山旅を愛好された登山家で、京都北山・丹波高原・奥美濃などの山域を世に紹介されました。 佐々里峠の石室を含め、峠を徒歩で越えなければならなかった時代には、京都北山や丹波高原のあちこちに、峠を行き来する人のための峠小舎があったとされています。小舎の形式は、大別して次の3種であり、峠のある地域、峠の重要度・麓との距離などに応じて、通行者のための小舎が設けられていたようです。
(1)最も簡単な形式の峠小舎
  ・雨露をしのぐための4本の柱と屋根だけの小舎で、正面奥のみに板壁がある。
  ・小屋の土間で焚火ができ、雨や雪の時に峠越えをする際の休憩用として使われた。
  ・正面奥の板張りの中央には、地蔵尊が祭られてある。
  ・比較的里に近い京都近郊にある峠にこの形式が多い。
(2)やや堅牢な峠小舎
  ・上記(1)よりも耐候性を持たせたもので、入口の一面は開いているが、正面奥および左右の3面は板壁である。
  ・天候急変など、万一の場合には仮泊ができる。
  ・上記(1)よりも少し山深い地域にある峠にこの形式の小舎が見られる。
(3)石室を併用した堅牢な峠小舎
  ・上記(1)(2)が木造であるのに対し、石垣で囲まれた半地下状の石室となっている峠小舎。(佐々里峠にあったのはこの形式です)
  ・屋根は石室の上に太い垂木を渡して載せられており、山岳地帯にある山小舎と類似している。
  ・この形式の峠小舎をもつ峠は、丹波高原でも積雪量の多い地域であり、峠をはさんだ2つの集落間の距離の長い峠である。
  ・佐々里峠には峠の最高地点に小舎があるが、一般的には、峠の登り口近くに設けられていることが多い。

と言うことでこのお地蔵さんを祀ってある石室は休憩ポイントとして用いても良かった訳です。管理人は使いませんでしたがね。ただごみを捨てていったら罰が当たりますよ。


佐々里峠から北の日本海側はまだ深く雪に覆われています。やはり冬の日本海の雪は伊達じゃありませんね。中央の写真をご覧下さい。この雪の中をえげつないヘアピンカーブが貫いているのが見えますか? よい子の皆さんは絶対冬に来たらダメですよ。


銀世界の中管理人は黙々とヘアピンカーブをこなしていきます。………降りって楽ですね。しかし、右の写真の水滴一つ一つが由良川、ひいては日本海に繋がっていくなんてホントに信じがたい………。


しかし、ヘアピンカーブを越え、杉林に入っていくと、そろそろ由良川の源流佐々里川がその姿を現します。まだとても小さいですが………。


佐々里川沿いに杉林を駆け抜け、小さいダムを越えるとそこは佐々里の集落でした。人里を見るのはだいぶ久しぶりですね。峠越えにはだいたい50〜70分かかりましたから。と言ってもここでも人っ子一人いない………。何ででしょうね?


ここで八幡宮に無事に帰れるように祈り、更に北へ。途中この村落にしてはでかい橋を渡り、道は完全に山奥へ入っていきます。佐々里川だけをお供にして。


山道の真っ只中に校舎が一つ。何かと思えば、です。まぁ、こんなに山奥に建っている学校なら寮制でも仕方ないかも知れませんが、………っておい、これ美山高校!? 管理人が通っていた小学校の4分の1もありません。面積的に野球部とサッカー部はまずなさそうですね。………というかそもそも部室はあるのか? 非常に気になる所ですが、時は春休み。寮にも人の気配はありません。と言うことでもっと北へ進みます。


貸し物件の横を過ぎ、道も徐々に蛇行が増え始め、それと共に佐々里川の川幅も広がっていきます。


そして遂に佐々里川は由良川に流れ込みます。ここから道を東にとると美山山の家、西にとると安掛へ行くことが出来ます。無論日帰り旅行なのでここは道を東へ! 道を進むに連れて由良川もどんどんスケールを増していきます。加茂川なんかとは格が違いますよ! 途中で茅葺き屋根の小屋を見つけたので撮影&休憩。一回目は飛んできた蜂に邪魔されて大失敗でしたが………。


きれいに咲いた梅の木にも別れを告げて、荒ぶる由良川沿いに進みます。しかしここでハプニング(前からだけど)………この土地、変化があまりにもないので進んだ気が全然しません。(泣  と言うかそもそも由良川沿いに行って安掛まで行けるんでしょうか? 由良川のカーブを見ながら、神経質に地図と照らし合わせます。しかもこの辺りから空は鉛色の雲に覆われていく………。昨日はあんなに見事な夕焼けだったのに………。


地図で見ると、ここは五波谷川。この川沿いに田歌、名田庄間を結ぶ極端に荒れた山岳ダートが五波峠に通じ、普通車走行は常時不可能なそうです。道と言っても、藁が敷いてある筋のようなもので、管理人も地図に書いてなければ絶対に判らなかったでしょう。


五波谷川付近から美山町特有の茅葺屋根住居と棚田が現れ始め、田歌祇園橋あたりまで村落が断続的に続きます。


村落は来ても道は変わらず………京都付近では見られない屋敷や電線塔以外、場所の経過を示してくれるものはありません。しかもこの後由良川は弧を描いて進路を南に変え、洪水が来たらどうするんだろうと思うような写真の家々を最後に岸壁の脇へと向かっていきます。


爆走中。爆走中。
管理人「ん!?」
何と小学校です。ここまで来て美山町で初めて小学校を見ました。と言うかこの小学校、美山高校より遙かに大きいのは気のせいか!? ここは美山町。………いや、美山町の中にいるって言いたいんじゃなくて、「中」って純粋にここの地名なんですよ。適当というか何というか………。美山町東部の中心地だっただけにもうちょっと良い名前を付けて欲しかったなぁ………。


向こう岸にでかい建物、(多分美山町立自然文化村)があります。時間が押してたから行かなかったけどね。まぁ、皆さん美山に行かれるほど暇だったら是非立ち寄ってみては? 由良川もどんどん川幅を増していきます。そして、道の北側にはのどかな田園風景の中に所々茅葺屋根住宅が立ち並んでいるのですが、その中に一つだけガソリンスタンド!! いや、便利かどうかは置くとしてありゃないだろ!! 確かに美山はガソリンスタンド少ないんですけど、あれは………。


美山町の東部中心地だけあって、いろんなものがあります。あの鳥居は鎮守の社でしょうか? もしそうだとしたら洪水とかの際、人々はあそこに逃げ込んだのでしょうか? そして茅葺屋根の土産屋。ここで、「美山特産豆餅」を購入。10個1260円也。そして右の写真をご覧下さい、村落の外れに牧場が………。あれは馬!!


棚田の傍を駆け抜け、大内、荒倉と駆け抜け、来ました。安掛です! 前方に救いの看板が! 時に午後2:30頃!


このすぐ前の美山ふるさと館でゴマサブレを購入して、さぁ帰路へ! 鉄道とかの鉄橋で良くある赤い橋を渡り、由良川に別れを告げます。そして由良川はこの鉄橋の下を静かに流れ、日本海へと向かいます。さらば、由良川! また相会う日まで! 美山町はこの辺でも平穏な田園風景の中に茅葺屋根住居を鏤めていました。


南への道中道路標識が………って、何ぃ〜? 京都まで52kmだと!?
もぉダメ。この緩い傾斜ですら鬼のような坂に思えてきた………。唯一の救いは京北町との境にあるのは峠ではなく、トンネルって事だ。いつも閉所恐怖症なのにこんな事を言い出すなんて………。


日本海流域を南へ南へ進みます。このカーブが来たら、トンネル間近の証。今や、由良川の支流もこんなに小さくなっちゃってます。では、深見トンネルから太平洋世界へ帰るとしましょう。さらば、美山町!

1kmの闇の中をここを先途と駆け抜けます。


トンネルを抜けると、そこは京北町!! やっと太平洋側に帰って来たっ! しかもここからはずっと下り坂です。と言うことで、降りの勢いに任せて体力を回復。この辺だと、ペダル漕がなくてもかなりスピードが出ますよ。因みに、京北最北端の建物は中央の写真に写っている白い建物でした。何に使われているのかは判りませんが………。続いて、カモノセキャビン。丸太小屋みたいな喫茶店(?)です。時間があったらよってみたらどうでしょうか。

カモノセキャビンのすぐ南には陶芸屋もあります。トトロとかのリアルな像が3体ほど道を見張っています。そして、ここを越えると京北弓削。一面に山と田園が広がっています。

南下途中に、あった店で栗尾しぐれ(130円)を購入。これが美味しい!! 店の名前確認しときゃ良かったと今頃後悔………。

 

その後45分程、丹波マンガン記念館に滞在し、鉱山内を見学。入場料に800円払うだけの価値はある。

皆さんも行ってみては如何?

 

 

 


ただ、マンガン記念館のおばちゃんと喋りすぎました。時計を見るともう5:00。嘘だろ、おい………。そして疲れた体に栗尾峠は鬼畜! トンネルを抜けるとそこはヘアピンカーブの世界でした。って、やってられるか! 登る気なくすよ、これ………。


でも、栗尾峠の展望は最高! 中央の写真に見事な夕焼けを捉えることが出来ました。明日は晴れですね。ついでに、京都出身の建設会社員の御方とこの展望について話を交わしました。彼は車で来ておられましたね。そして、後は落ちていくだけ………。


栗尾峠を下り終えた辺りに京北の標識。さらば京北! そして猪ラーメンのキャプテンは閉店中。1200円の猪ラーメン食べたかったのに………。では、長かった旅もここである意味一区切り。笠トンネルを越えると、後は山城国です。さらば、丹波国北桑田郡! また相会う日まで!

笠トンネルは交通量もそこそこ、南から行くと傾斜もあって、厄介極まりないトンネルですが、来たから行けば逆にその傾斜のおかげであっさりと抜けることが出来ます。
北山杉が限りなく続く山中を抜け、中川へ。かといってトンネルもいやなので、迂回して中川集落経由で進撃。高雄へ。しかし、体力の消耗のせいか高雄の緩やかな上り坂さえもが、花脊峠クラスに思えてきた………。
それでも何とか切り抜け、下り坂を福王子へ………。

ーTHE END−