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霧の亀岡


今回の行程

自宅〜洛西ニュータウン〜沓掛老ノ坂〜馬堀〜亀山城〜並河〜千代川〜八木〜大堰川〜宇津根大橋〜若宮神社〜保津〜沓掛老ノ坂〜洛西ニュータウン〜物集女街道〜嵐山〜自宅


実はこの遠征、行ったのが猪名川に行ったのの4ヶ月前という大層昔のことなんです。何? 何故ここまで放っといたかって? う〜ん、耳にいたい質問ですね。決して語り草に不足していた訳ではないんですが、何と言っても行った距離が短いんで、中距離遠征とすべきか遠距離遠征とすべきか迷っていたんです(完全に言い訳)

言い訳するなって? はい、そうです。すっかり忘れてました。あの後歴史部の展示やらグリー部の練習やらでそれどころじゃなかったんです。まぁ、たいそうな昔語りになっている観はありますがね、楽しんで見ていただけたら良いかなと想いますね。

起きたのは7時半頃。その上かなり寝ぼけて脳味噌が正常に作動し始めるのに半時間かかりましたから、気付いた時には悲惨なことに。しかもこの日空は曇り時折小雨まで。とはいえ気を取り直して亀岡へ。桂川を渡るまでの間も、今まで通ったこともなかった裏道を結構通りましたね。確か本当は保護者面談で午前中は家でおとなしくしていないといけなかったので、他の学校関係者に見つからぬようにとの配慮が働いていたんだと思います。何回も袋小路にぶつかりました。散策をする分には良いですが、皆さん、遠くに行くなら慣れない道は避けましょう。


当初ぱらついていた雨も漸く止んだので、心機一転、一気にスピードを上げて山陰街道で桂川を渡ります。今日は桂川の更に上流を見に行きますよ。果たして桂川の上流はどんな表情を見せてくれるんでしょうか?
山陰街道を進んでいくと、物集女街道との交差点千代原口へ。ここから道を南にとれば高槻に行くことが出来ます。しかし今日のお目当ては丹波国。南西方向に向かう山陰街道を進み続けます。暫く行くと徐々に緩やかな傾斜が出てきます。峠と言う程でもないのですが、地図を見ると名は芋峠。由来については芋が栽培されていたからか、芋のような形状の丘陵の形からか不明であるとのことですが(出典)、ここから一気に洛西ニュータウンに下っていけます。スピードに興じるのも良いのですが、それも小畑川でストップ。山陰街道の通る塚原近辺ではかなりこぢんまりした川です。よく知っている線を突くなら、川幅も水深も御室川と同程度といったとこでしょう。

この後バイパスの高架の下を通りながら、京都成章の脇を通って小畑川を遡っていきます。とにかく何もありません。所々に数軒、怪しげなホテルが建っているだけです。この辺りが寂しい場所なのも影響してるんですかね? 暫く進むと、動物管理センターが現れました。一体何をしている場所なのでしょうか? あくまで個人的偏見ですが・・・いや、止めておきましょう。生半可な知識でものを見る程恐ろしいことはありませんから。


さて、山陰街道を遡り続けると、遂に亀岡市の標識が見えて参りました。老ノ坂トンネルです。老ノ坂トンネルには自動車用とその他用があります。その他って言うのは要は歩行者と自転車です。昔こういうことを言ったら、「じゃぁ飛行機は通れるの?」と聞く馬鹿なやつがいました。ウケ狙いでも・・・少し場が凍ったのは否めませんね。

トンネルを抜けるとそこは一面の田園風景だった。

お決まりの台詞で申し訳ありません。しかもあんましキレがない・・・。しかしそれをおいても、亀岡は地形図で見たら一面の水田。市街地は駅周辺と犬飼川上流の一部にしか見受けられません。あと、亀岡で有名なものといえば霧と大本教。「霧」とまでは言えませんが亀岡盆地一帯に「靄」がかかっています。この結局靄が晴れることはありませんでした。大本教については後で話しましょう。


猛スピードで下り坂を走破し、天下一品の店を通り過ぎて少し行った野篠で右折し、馬堀を目指します。恐らくここを旧街道が通っていたのだろうと思えるような古式ゆかしい家々が連なる中を進みます。

と、そんな中、珍しいものを発見! 燕の巣です!

いやはや、中華料理でそんなメニューがあると聞いたことはありましたが、実物の、それも使用中の燕の巣は初めてです。これをどうやって食い物に変えるかは未だに謎ですね。誰か知ってたら教えてください。
すいません、話がだいぶ脇道にそれました。燕の巣を見てからは道を進み続け、遂に比較的新築かと思われる住宅地に来ました。何とここに北都銀行!! この野郎、亀岡が北の都だと抜かすかっ! ・・・亀岡在住の方、真にすいません。 m(_ _)m
何はともあれ、馬堀到着です。馬堀駅の真下を名もなき川が流れ、そのまま西川、保津川に合流していきます。この川の名前を知っておられる方がおられたら、是非ともお教え下さい。とても気になります。

 
保津川まで来ました。この後この川は保津峡を嵐山まで流れていって、大堰川、桂川と名を変えていきます。淀川水系の中でもこれほどまでに多彩な名前を持っている川は珍しいんじゃないでしょうか? 宇治川も、瀬田川→宇治川と変わるだけですし・・・。さて、話題変わって保津川といえばやはりトロッコ列車! 管理人も幼い頃によく乗ったものですが、ここが終点です。てな訳でこの近くには土産屋がたくさんあって、「生八つ橋」だの「丹波黒豆黄粉飴」(名前がどうだったかはあんまり覚えてません・・・)とか言ったものが買えます。

さて、土産も買ったので馬堀を後にし、西川、年谷川を渡って西へ進みます。東堅町の交差点で北に向かい、ニチコン横を通過した辺りから少し雨がぱらつき始めます。・・・これはマズい、ってことでちょうどこの道にあったアーケードの下をくぐりながら雨宿り。暫くしたら雨は止みました。「山の上の天気は当てにならない」とはよく言ったもんですね。

さて、亀岡駅まで来ました。ここはまさしく亀岡の心臓部。亀岡城との間に各種の店が集まっております。この中に「素人料理 リンダ」という店がありました。しかしこの店は半年程後に火事だか食中毒だかで事件を起こしていましたから、実際に素人なのかも知れません。・・・気を悪くなさったらすいません。

さて、この後亀山城に行く訳ですが、この写真はその時のものです。木に覆われていてなんだかさっぱり判りませんけどね。この城はかの有名な明智光秀が丹波攻略のために築城したものですが、現在は大本教の本拠になっています。大本教については高橋和巳の『邪宗門』にも取り上げられているので、御存知の方も多いかと思います。

ところで、亀山城の北に面白い通りがありました。その名もボードウォーク通り。アメリカを舞台にしたモノポリーをやったことがある方なら誰でも御存知の筈、パークプレースとペアになってる、一番宿泊費を高く取れる場所です。「何故亀岡に?」という疑問については、恐らくアメリカ・オクラホマのスティルウォーター市と姉妹都市になったのを記念して命名されたというのが一番妥当な線でしょう。・・・そういう通りがあるかどうかは知りませんがね。ついでに、亀山城ですが、入るには大本教のお祓いを受けないといけないそうです。管理人は急いでたので、亀岡城を外から見るだけで満足しましたけどね。


亀山城を離れ、加塚から山陰街道沿いに進みます。一回どこかで横着して迷子になったのですが、どこでだったかは覚えていません。余部以西の山陰街道について一言。この後、建物は街道沿いにしか展開しなくなり、後は全部田畑です。何か大原の拡大版というか・・・。暫くすると、摂丹街道の通る曽我部町から流れてくる犬飼川にさしかかります。多分亀岡では桂川に次いで第2位の大きさを誇る川でしょう。出来れば今度は犬飼川を遡ってみたいものです。

犬飼川を渡ると、並河に着きます。ところで並河駅の傍には写真のような鉄道車両を置いた公園があります。鉄道ファンの方は訪れて損のある場所ではないでしょう。因みに、右写真に写っている自転車は管理人の今は亡き旧相棒です。この時は未だかなり元気(?)でしたね・・・。


並河からまた山陰街道を直進。途中何かの工場の傍に味噌みたいな色の物が飛び散ってました。その臭かったこと・・・。あれは嘔吐だったのではないかというのが、管理人の考えです。臭い場所を突破して更に進んでいくと、何とブックオフ! 亀岡も舐められたもんじゃありませんね。でも、こんな場所で集客見込めるんでしょうか? 大層疑問です。そこから進むこと約15分、千代川駅到着です。亀岡最北の駅です。次の駅は八木。その対岸は屋賀といってその昔丹波国府が置かれていたとか。

ところで、千代川の少し北にかなり良い場所があります。惜しくも写真を撮り損ねたのですが、山陰街道が山陰本線の上を通ってクロスしているんです。雪の降る真夜中、ここを深夜列車が通るのを撮影すれば、ドラマの一場面に出来るかという場所でした。今度言った時は必ず写真撮ってくるんで・・・。


八木との境界線近く、ノノムラ石材の横を通った辺りで突如、耳を聾せんばかりのゴォーッという轟音が! (かなり大袈裟)。正体は何かと思えば、すぐ近くにありました。大きい堰がありました。亀岡で桂川が大堰川と呼ばれるゆえんはここにあります。このすぐ北に架かってる橋も大堰橋ですし。

さて、こうして八木との境目まで来た訳ですが、雲行きが大変怪しいので、そろそろ帰りましょう。ホントは船井郡に深く入っていきたいのですが・・・。しかし鉛色の雲が重く立ちこめている今、そのようなことはまさに自爆テロ。他人に危害が及ばないと言うことから、“自爆”ではないのですが、その辺は御容赦を。いずれにせよ、とんでもない目に遭うこと間違い無しなので、君子危うきに近寄らず、総退却を始めます。とはいえ、行きと同じ道ではつまらないので、大堰川の土手沿いに進みます。北岸行けたらいいなぁ・・・。しかし、なかなか橋が現れない。しかも前日の雨で道のコンディションは最悪。水溜まりがあちこちに寝そべる道を何とか強行突破していきます。


何とか橋を発見。その名は宇津根大橋! 後で地図見たら、千代川の辺に月読橋という橋があったのですが、土手道に入るタイミングを間違え、もうちょっと南から土手道に入ったせいでこんな目にあったみたいです。トホホ・・・。暫く北に行くと、送電線の鉄塔を発見。こんなんが田圃のど真ん中に起ってる辺りが、亀岡の田舎臭さを感じさせます。・・・別に悪いとは言ってませんよ。


さて、余り北に行くと大幅なタイムロスになるので、若宮橋へ右折しましょう。ここをそのまま進むと若宮神社があります。左の写真に写ってる竹藪がそれです。長いことデジカメ触ってなかったせいで大分腕が落ちてますね、いやはや申し訳ない。ここから東へ約10分、大堰川北岸地域の亀岡における幹線道路京都府道25号亀岡園部線に到着しました。かなり昔から使われている道らしく、大堰川北岸に点在する集落を縫いながら保津橋に向かっています。そのためか真ん中の写真に見るように、昔道路標識の役割を果たしていたと思える石碑もありました。ついでにその時の風景については左写真を御覧あれ。悪くない場所ですね。この後保津橋に向かう道中、八幡宮社請田神社ではなんにも知らずに神社の境内を横切ると小学生とおぼしき人々が写生をしておりまして、そのど真ん中を強行突破する羽目になりました。いやはや恥ずかしい・・・。


旅もいよいよ終盤、左写真に見えます保津橋までやって来ました。ここで面白い(というか怖い)事が起きました。平然と自転車を漕いでいると向こうから人が自転車に乗ってやって来ます。忘れもしません、小学校4年の時に教わった塾の恩師のような端整な顔立ちの人だったんですが、酒が入ってるせいか少し赤ら顔で・・・そしてすれ違いざま、

「何しとんじゃ我ぇ!!」

正直びっくりしましたが、平然と無視して通り過ぎました。四条界隈ならいざ知らず、こんなド田舎に「や」のつく自営業の方がおられるとはびっくり仰天。あんまし儲かんない気がしますね。ところで、保津といえば「保津川降り」! もう既にこの辺から船が姿を見せ始めています。個人的には一度乗ってみたかったのですが、1回3000円ほどするので諦めました・・・。実を言うと秘境保津川なら、トロッコ列車に乗れば片道600円程で眺められるんでね。

そして亀岡の中心部を過ぎた頃、空から何かが降ってきた。雨です。雨です。雨ですぅぅ〜! どーしよ・・・。仕方ない、強行突破だ。こうしてとぼとぼ雨の中、老ノ坂を越えていき・・・。

ーTHE END−